死ぬことは生きること|病気と共生するために考えたい生死感

私は、20歳で難病と出会い、自分自身が死ぬことについて、とても身近に感じて生きてきました。「死ぬこと」、想像もできないほど、怖くて。幾晩も泣き続けていた時期もあります。

私がいつ死ぬのか、あなたがいつ死ぬのか、それは私たちには分かりません。

若くして難病になり病気とともに不自由ながらも平均寿命を全うできるかもしれません。あるいは、この一瞬先に交通事故にあい、突然の死を受け入れなければならないかもしれません。




生きることと死ぬこと

いずれにしても私たちは「生き物」であるがゆえ、いつかは必ず「いのちの終わり」に直面します。医療の進歩などにより、平均寿命が伸びてきましたが、これは、「老い」や「病気」とともに生きる時間が長くなることを意味します。

数十年前であれば、死に至る病気であっても、現代の医療技術により「病気とともに生きること」ができるようになりました。

仮に、私が戦後に生まれていたならば、20歳で難病になった時点で死んでいたでしょう。現在の医療では、私の難病が完治することはありませんが、難病が原因で明日死ぬ可能性も少ないでしょう。

そのため、病気と折り合いをつけながら、日々の生活の中を自分らしく生きて、最後を迎えることが大切となります。

難病やがん、慢性疾患などの持病とともに生きている人だけでなく、今は健康な人にとっても、一度、「死生観(生きることと死ぬこと)」についてしっかりと考える時間を持ちたいと思うようになりました。

「生きること」だけを考えるのではなく、「死ぬこと」をしっかり考え、「死」に対して自分の意志を持つことで、「生きること」をより一層、充実したものにできるはずです。

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「死ぬこと」

「死んだらどうなるのか」ということについて、私はよく考えます。「無になる」と答える人が多いのではないでしょうか。

私の母は、祖母から「誰も死ななかったら人がいっぱいになってしまうでしょ。だから、順番に死んでいくの。」と言われたそうです。

仏教の死生観

仏教の教えの一つである「生死一如(しょうじいちにょ)」という言葉を紹介したいと思います。

生死一如

「生死一如」とは、私たちが「生きる」ということは、死のある生」を生きているというあるがままの姿を教える言葉です。

「生死一如(=絶対)如(真=実)」すなわち、「生きることと死ぬことは絶対に分けられない」という意味です。

私たちは、「誰もが必ずいつかは死ぬ」ということを知っているはずです。

それなのに、死ぬことを恐れて、見ないようにして「死の無い生」、自分は死なない蚊のような気持ちで生きています。

しかし、「生きること」だけを見ているから、見間違ってしまうのです。

死ぬことを受け入れることは、生きることを受け入れること
死ぬことを考えることは、生きることを考えること




哲学の死生観

20世紀最高の哲学書と言われる「存在と時間」の著者マルティン・ハイデッガーは、次のような言葉を残しています。(マルティン・ハイデッガーの主な著書:「存在と時間」「形而上学入門」「現象学の根本問題」など)

人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできないマルティン・ハイデッガー

そのほかにも著名な哲学者の名言をご紹介すると

自由な人が考えるのは、ほかならぬ死についてである。そして彼の賢明さは、そこから死ではなく、生について熟慮を始めることだ。」バールーフ・デ・スピノサ

人は死から目を背けているうちは、自己の存在に気を遣えない。死というものを自覚できるかどうかが、自分の可能性を見つめて生きる生き方につながる。」マルティン・ハイデッガー

生きることを学ぶことと、死ぬことを学ぶことは一つであるカール・ヤスパース

このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。」レオナルド・ダヴィンチ




「死ぬこと」を考えること

仏教や哲学における「死」について、これまでみてきましたが、結論として、明確な答えはありません。個人個人が、自分自身で、死ぬことと向き合うことこそが、私たちのいのちと向き合い、生きることにつながるのでしょう。

病気とともに「生きること」

死ぬことについて考えてみたあとは、生きることについて考えてみたいと思います。病気になると、自分の「寿命」や「余命」について考えることも多くなると思います。そこで、残りの人生をより充実したものにするために、以下の点についてワークシートにまとめてみてください。

  • あなたにとって、病気とは何ですか?
  • 病気になる前と後とで、気持ちの変化はありますか?
  • 病気になって得たこと、失ったことはありますか?
  • これからやってみたいこと
  • 自分らしさとは何ですか?




私自身の生死感について

私自身は、「死ぬこと」について、まだ全てを受け入れることができていません。そのため、漠然と「死ぬこと」に恐怖を感じています。でも、誰もがいつかは必ず直面する「さいご」について、考え続けたいと思っています。

哲学、宗教、思想などの本を読んだり、最近は仏教に興味があるので、仏教も学びたいと思います。また、もう少し、勇気が持てれば、同じ病気の人や緩和施設のボランティアなどにも参加したいと思います。

病気とともに生きることは、そう簡単なことではないと思います。若ければ若いほど、病気とともに生きていくことは、辛いことだと思います。病気の再発や再燃の恐怖。

でも、だからこそ、生きることを大切にしたいと思うのです。いつか、死ぬことを本当の意味で受け入れることができれば、もっと穏やかに生きられるような気がしています。

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